前回の記事の続き。身長や体重のように病気も量的遺伝するが、関係する遺伝子は一部しか特性されておらず、病気になったかどうかしか観測できないため、遺伝の計算には工夫がいる。
多数の遺伝子が関係し、遺伝の効果を統計的に扱わなければいけない病気や障害には以下のようなものがある。

多因子遺伝病
 糖尿病、心筋梗塞、癌、アルツハイマーなど

精神障害
 鬱、双極性障害、統合失調症、発達障害(自閉症、ADHD)など

これらはどれも遺伝と環境が組み合わさって発病する。特に上に並べた精神障害は、遺伝の影響が大きい。

現在のところ直接観測できるのは病気になったかどうかだけだが、量的遺伝学ではその背後に(身長や体重のような)連続的な形質の存在を仮定する。それは端的にいえばどれだけ病気になりやすいかを示す数値で、易罹病性(または易罹患性)と呼ばれる。

この分野では、易罹病性が身長や体重のように正規分布をし、ある閾値を超えると病気が発病するというモデルを用いる。下の図のように易罹病性が閾値tを超えると病気となり、閾値を越えなければ発病しない(そのため閾値形質と呼ばれる)。ここで問題になるのが易罹病性を直接観測できないことで、そのため身長や知能の遺伝よりも信頼性が落ちてしまうが、おおむねモデルとしては正しく、大きくは間違っていないと考えられている。将来的に関連する遺伝子とその効果量が全て把握されれば、易罹病性のうち遺伝できまる部分を測定できるようになるかもしれない。現在のところ原因となる遺伝子は一部しか同定されていない。

遺伝計算の例

統合失調症の易罹病性の分布
統合失調症を例にとって、父親のみが発症している場合に子供にどう遺伝するのか計算してみる。統合失調症は人口の約1%が発症するので、標準正規分布の性質から閾値tは約2.3になる。父親の易罹病性は、発症者の平均として2.6、母親の易罹病性は非発症者の平均として0として計算する。計算に必要な統合失調症の遺伝率は約80%と知られている。

親から子に直接遺伝するのは病気そのものではなく易罹病性(病気になりやすさ)だ。易罹病性の遺伝は、身長や知能の遺伝と同じように確率分布で表される。子供がもつ易罹病性の確率分布の中心は、父(2.6)と母(0)の中央値1.3に遺伝率0.8をかけた1.04となる。分布の幅(標準偏差)は一般集団の分布の幅と同じ1でいい*1

子供の易罹病性の確率分布
図のように分布の中心が右にずれることで、子供は統合失調症を発病しやすくなっている。子供が統合失調症を発症する確率は、閾値tより右の青く塗られた面積に等しく、9.9%と計算される。親が統合失調症だと子供が統合失調症にかかる確率は約10倍になるので、だいたいこのくらいだ。

統合失調症の遺伝率が80%と聞くと、とても遺伝しやすいと感じるが、直接遺伝するのは易罹病性なので、"遺伝する確率"はそこまで大きくはない。(遺伝率は、原因を遺伝要因と環境要因に分けたときに遺伝要因で説明できる割合。そもそも病気の遺伝率は閾値モデルを前提として求められている)

この閾値モデルを使えばカテゴリーに分かれる形質がどう遺伝するのか計算できる。他にも依存症(アルコール、タバコ、薬物)のなりやすさや、右利き左利きの遺伝の計算に使える。


*1:本当は少し小さくなるがややこしいので無視する