デイヴィッド・ライク「交雑する人類」(2018年)

古代DNA革命が起きていることがよく分かるスゴイ本だ。DNA解析技術の発展により、2010年に初めて古代人のゲノム情報が解析され、その後、解析される試料数が年々加速度的に増えている。
古代ゲノムの解析により、過去の人々がどう移住したのか、どのような交雑をしたのかが解明され、考古学・歴史学・言語学の長年の論争に決着をつけている。

この本の中からヨーロッパ人の起源についてまとめる。

ヨーロッパはこの分野で一番研究が進んでいる地域で、解析された試料数が他より桁違いに多い。それによって明らかになったのは、古代ヨーロッパでは、従来住んでいた人がほとんど別の移住者に置き換わるという、置換に近いイベントが4回も起きたということだ。

1回目の置換イベント

1回目のイベントは3万9000年前ごろ。ナポリ近くの巨大火山が噴火し、ネアンデルタール人を絶滅に追いやり、現生人類のヨーロッパ集団の多くを滅ぼしたとされる。この時代以前の試料は2つしか解析されていないのではっきりとは言えないが、ルーマニアで発見された4万年前の骨のゲノムは、その後のヨーロッパ人のゲノムとは全く異なる。

この噴火の後、3万7000年前から1万4000年前まで、解析されている個体は全て非ヨーロッパ集団と交雑していない単一の共通祖先の子孫であり、ヨーロッパは遺伝的に均一であった。

2回目の置換イベント

2回目のイベントは1万4000年前に氷河期が緩んでから始まった。ヨーロッパの先住民とは全く異なるDNAをもつ中東起源の狩猟民族が中央および西ヨーロッパに広がり、先住民の大部分に取って代わった。
このイベントにより、西ヨーロッパと東ヨーロッパに遺伝的な差が生まれた。

中東起源の狩猟採集民の拡散

3回目の置換イベント

3回目のイベントは中東からの農耕民の拡散で、およそ9000年前から移住が始まり、6000年前から4500年前にかけて混血が進んだ。農耕民の方が人口が多いため、農耕民と狩猟採集民の混血割合は80:20程度である。

一方で、東ヨーロッパのステップ地方では異なる混血が進んでいた。7000年前から5000年前にかけて南のイランに起源をもつ集団が現在のロシア南部に進出し、東ヨーロッパの狩猟採集民とほぼ1対1で混血した。この結果生まれたのがヤムナヤ文化をもつ遊牧民だ。ヤムナヤ集団は車輪の発明によって大きく拡散した。動物に荷車を引かせることで、水や補給物資を開けた土地に運搬できるようになった。

農耕の拡散とヤムナヤ

4回目の置換イベント

5000年前以降、東のヤムナヤ集団が西に侵入した。すでに中央および西ヨーロッパには農耕民が住んでいたが、ヤムナヤ集団は西ヨーロッパにまで大きな遺伝的影響を及ぼした。ドイツではDNAの4分の3をヤムナヤと繋がりのある集団から受け継ぎ、残りを先住の農耕民から受け継いだ。(いわゆるアーリア人がドイツの東方に広がっていたというのは遺伝的に正しい。実際にはドイツ起源ではなくロシア起源の民族だが)

ヤムナヤの影響は北ヨーロッパで大きいが、西のスペインにまで影響を及ぼしており、4500年前には古代イベリア人男性のY染色体が完全にステップ起源のものに置き換わった。→National Geographic記事

インド・ヨーロッパ語族の拡散
( ↑ インド・ヨーロッパ語族の拡散 Wikipediaより)

先住の農耕民はすでに大きな人口を有していたはずで、ヤムナヤがヨーロッパ人のDNAにこれほど大きな影響を与えることが出来たのは不思議である。
ライクはその仮説として、車輪の発明などにより土地を有効活用できるようになったことを挙げている。さらに別の仮説として、ステップ風土病のペストを挙げている。ヨーロッパ人が旧大陸から持ち込んだ病気によりアメリカの先住民を激減させたように、ステップの遊牧民が運んだペストによりヨーロッパ先住民の人口を激減させた可能性がある。

また古代ゲノムで明らかになったヤムナヤ遺伝子の拡散により、インド・ヨーロッパ語族が東のステップから広まったというステップ仮説が遺伝的に実証された。

この4回目のイベントの後には遺伝子構成の大きな変化はない。

日本における置換イベント

この3回目のイベントで起きた、農耕民の拡散による狩猟採集民の置き換えは、日本でも起きている。弥生時代に大陸から渡ってきた農耕民と、狩猟採集を営む縄文人との混血である。大規模な農耕を行う渡来系の集団は、狩猟採集民よりも人口増加率が高いため、現代に伝わる遺伝子の割合が高い。

全ゲノム解析によると現代日本人のDNAは渡来系90%、縄文系10%程度となっている。もっともこれは東北、北海道の縄文人を基準にした計算なので、現代人により多くのDNAを伝えている西日本の縄文人を基準とすれば、縄文系の割合がもう少し高くなる(と篠田謙一は指摘している、『新版 日本人になった祖先たち』)
実際に、Y染色体で縄文系のハプログループDをもつ現代日本人は3割程度おり、ミトコンドリアでは縄文系のハプログループをもつ現代日本人は2割程度いる。

また中国の農耕民が拡散して、現地の狩猟採集民を置き換えたのは、日本だけでなく韓国やチベット、東南アジアでも同じである。例えばチベット人のDNAの3分の1は土着の狩猟採集民に由来し、残りは拡散してきた農耕民に由来する、とライクは推定している。

中国や日本では、政府の規制や国内の研究者主導の研究を好む傾向のため、試料を海外に持ち出すことが事実上できない。そのため東アジアの古代ゲノム解析は他地域よりも遅れている、とライクは指摘している。詳細については今後の研究が待たれる。