カテゴリ: 遺伝

ポリジーン閾値モデルはその重要性のわりに知られていない。例えば疾患の遺伝率(統合失調症で約80%、2型糖尿病で30~70%など)はほぼ全てこのモデルをもとに算出されている。遺伝率というのは遺伝統計モデルのパラメーターにすぎず、モデルがなければデータから遺伝率を算出することもできない。

最近だと疾患のゲノムワイド関連解析(GWAS)でもこのモデルを使っており、ポリジェニックリスクスコアやSNP遺伝率もこのモデルから算出される*1

そういう訳でかなり重要なポリジーン閾値モデルだが、その歴史的な起源を調べてみた。結論からいうと、このモデルはシューアル・ライトがモルモットの指の数を説明するために1934年に導入したもの。
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ふとネット上で「顔面偏差値」という単語に出くわす。
人間の特性のうち知能や性格は、数値化することで遺伝性が盛んに研究されているので、この「顔面偏差値」についても研究論文がないか探してみたところ、なんと…あった。

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遺伝率は非常に誤解されやすい概念だ。それは海外でも同じだが、日本語に訳すときに「率」をつけたため、日本では特に「親から子に遺伝する確率」と勘違いされやすい。遺伝率が高いほど親に似やすくなるが、確率とは異なる概念だ。
遺伝率を理解するには、遺伝率100%という極端な場合を考えるのがいいだろう。

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進化の定義は、集団の遺伝子頻度が変化することだ。ほとんどの場合、多数の遺伝子の頻度が同時に変化するので、統計的に扱わなければいけない。日本ではこの分野が盛んでないのか調べても数理的に扱った本がほとんどない。
この記事では自然選択や人為選択が起きたときに、集団の平均値がどう変化するのかを示す方程式を紹介する。これらの式は、単一遺伝子ではなく多くの遺伝子に対して成り立つ法則である。
全体的にWalsh & Lynch (2018) Evolution and selection of quantitative traits の6章(と13章,20章の一部)を参照している。数式の表記もそれに合わせた。σ(A,B)はAとBの共分散を表す。

ポリコレ的にきわどい例の方が頭を使って理解が深まるので、人間への適用例を多く紹介する。計算に適応度を用いるが、現代のような死亡率が低い時代だと適応度を子供の数で代用でき、人口統計から簡単に計算できる利点がある。

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二重/一重まぶたは1つの遺伝子の優性/劣性(顕性/潜性)で決まると日本では広く信じられている。しかし以前の記事に書いたように、ゲノムワイド関連解析(GWAS)でその遺伝子は見つからず、実際には複数の遺伝子が関与していると分かっている。最近新しい論文が出たが、GWASで特定された最も効果の大きい遺伝子でも、二重/一重まぶたの分散の10%しか説明できない*1。これなら1つ1つの遺伝子の効果はかなり小さく、多数の遺伝子が関与していると想定できるので、量的遺伝学の解析手法が使えそうだ。

実際に自分で量的遺伝学の標準的なモデルで解析してみたところ、二重/一重まぶたが親から子へ遺伝する確率を再現できた。また年齢によって二重/一重まぶたの割合が変化する効果を差し引けば、個人差のほぼ100%が遺伝要因で決まるという結果になった。(遺伝率が1に近い。遺伝率は「遺伝する確率」とは別)

この記事では、今回調べた日本人の二重/一重まぶたの割合や年齢変化、男女差、遺伝する確率について紹介する。それと解析に使った遺伝モデルも。
二重/一重の割合についてのデータは全て学術論文からとってきている。かなり古い日本語の論文しか見つからず戦前から1950年代までのデータがほとんどだが、それゆえ美容整形の影響を考える必要はない。
年齢変化では、幼児期に一重が多く、加齢とともに一重から二重になる人が増えて、少なくとも30代までは二重が増え続ける。また男女差があり、男より女の方が数%ほど二重が多い。

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優性/劣性(顕性/潜性)は中学の遺伝の授業でまず最初に教えられるが、実際に当てはまる例は少ない。ほとんどの形質は複数の遺伝子が絡んでいて、単一の遺伝子では決まらないからだ。ヒトの場合だと、キッチリと当てはまるのはハンチントン病などの単一遺伝子疾患ばかりになる。病気を除いた一般的な目に見える形質だと、耳垢が湿っているか、乾いているかを決めるABCC11遺伝子くらいだろうか。あとは不完全優性だがアルコールの分解能力を決めるALDH2遺伝子がある。ヨーロッパ人に稀に見られるかなり強めのそばかすは、MC1R遺伝子の変異体を持っていると発生する(日本人にはあまり関係ない)。

ただ学校でこれ以外にヒトの優性/劣性形質を教えられることも多いらしい。よくあるのは、二重まぶた/一重まぶた、耳たぶが福耳/平耳、富士額/平額、親指が反る/反らない、つむじが右巻き/左巻き、舌を巻ける/巻けない、えくぼがある/ない、腕を組む時に右腕が上/左腕が上、など。

下は高校向けの資料集『サイエンスビュー 生物総合資料 四訂版』(2019年)
サイエンスビュー 生物総合資料 四訂版 優性劣性
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以前の記事で親が東大卒のときに子供が東大に合格する確率を計算した。結果は、両親ともに東大卒で、さらに確率を大きく見積もれば、子供が東大に合格する確率は40%程度になった。ただしこれは東大理3以外を受験する場合の数値で、東大理3を受験する場合は16%になる。

一方、佐藤ママのニックネームで知られる佐藤亮子氏は、子供4人を全員東大理3に合格させたことでメディアに注目され、教育方法に関する著書を多数出版している。ただ合格確率を高めに16%と見積もっても、子供4人全員が合格する確率は0.07%にすぎない。ということは佐藤ママは単に運が良かっただけなのだろうか。ベイズ推定で計算すると必ずしもそうではないことが分かる。子供4人を東大理3に入れるのは非常に難しいので運も重要なのは確かだが、推定結果からすると、佐藤ママ夫妻の教育能力は非常に高いし、そのうえ夫妻の遺伝的な能力(の期待値)は東大生の平均よりも高い。

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知能は親から子に遺伝する可能性が高い、という科学的な知見が蓄積されているが、実際にはどの程度遺伝するだろうか。具体例として、親が東大卒のとき、子供が東大に合格する確率を考えてみる。

東大卒の子供を追跡調査しなくても、行動遺伝学を使えば結果を計算することができる(子供が実際に東大を受験するかはさておいて、合格レベルの学力に達する確率を計算することができる)。

以下では先に結果を書いて、計算方法は下の方に記載する。
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