優性/劣性(顕性/潜性)は中学の遺伝の授業でまず最初に教えられるが、実際に当てはまる例は少ない。ほとんどの形質は複数の遺伝子が絡んでいて、単一の遺伝子では決まらないからだ。ヒトの場合だと、キッチリと当てはまるのはハンチントン病などの単一遺伝子疾患ばかりになる。病気を除いた一般的な目に見える形質だと、耳垢が湿っているか、乾いているかを決めるABCC11遺伝子くらいだろうか。あとは不完全優性だがアルコールの分解能力を決めるALDH2遺伝子がある。ヨーロッパ人に稀に見られるかなり強めのそばかすは、MC1R遺伝子の変異体を持っていると発生する(日本人にはあまり関係ない)。

ただ学校でこれ以外にヒトの優性/劣性形質を教えられることも多いらしい。よくあるのは、二重まぶた/一重まぶた、耳たぶが福耳/平耳、富士額/平額、親指が反る/反らない、つむじが右巻き/左巻き、舌を巻ける/巻けない、えくぼがある/ない、腕を組む時に右腕が上/左腕が上、など。

下は高校向けの資料集『サイエンスビュー 生物総合資料 四訂版』(2019年)
サイエンスビュー 生物総合資料 四訂版 優性劣性

しかし、実はこれらの形質が単一遺伝子で決定されるという根拠はなく、デラウェア大学のジョン・マクドナルド教授は、過去の論文を調査したうえで「教科書や研究室のマニュアルがこれらの神話を永続させ続けていることは、生物学教育の分野にとって恥ずかしいことです」と注意を呼び掛けている。

「ヒト遺伝学の神話」ジョン・マクドナルド
(2011年にはウェブ版と同じものが書籍になっている)

これらの形質はたいてい、遺伝学が進歩していなかった数十年前に簡易調査されて、単一遺伝子で決まる可能性があるとされた程度だが、いつの間にか確定的なヒトの優性/劣性の例として一覧にされるようになった。

原因が1つの遺伝子か、ごく少数の遺伝子なら、現代ではゲノムワイド関連解析(GWAS)で簡単に調べられる。GWASで調査して効果の大きな遺伝子が特定されなければ、単一遺伝子形質ではないと考えていい。2013年の研究では巻き舌、耳たぶ形状、額の形状、組み腕パターンなどが調査されて、1遺伝子形質ではないと結論されている*1

二重まぶたと一重まぶた

ちなみにマクドナルド教授はまぶたの形状に関しては特に言及していないのだが、これまでの研究から二重/一重まぶたは単一遺伝子では決まらないことが分かっている。

上記の2013年の研究では二重/一重は「1遺伝子形質ではない」と結論されている。調査対象を5000人規模に増やした2018年の研究では、二重/一重に関連する遺伝子が10番染色体に2つ見出されているが*2、この2つの遺伝子はどちらも、一重の人に見つかる割合と二重の人に見つかる割合がさほど変わらず、オッズ比も大したことがないので、そんなに効果が大きくない。この遺伝子だけでは二重/一重の割合や遺伝パターンを全く説明できないので、かなり多くの遺伝子が関係している可能性もある。

ちなみに二重の方が遺伝しやすいのは確かで、一重のアジア人と二重の非アジア人を両親にもつ子供はたいてい二重になるという。ただ優性/劣性という言葉は1つの遺伝子座で形質が決まることが前提なので、遺伝しやすければ優性(顕性)という訳ではない。

一重二重の遺伝メカニズムを考察した最近の論文は発見できなかったが、戦前まで遡ると日本語の論文があった*3。日本人で両親ともに一重の場合、ほとんどの場合で子供も一重になるが、約7%の確率で二重の子供が生まれる。この論文ではこれを「表現の不規則」のせいとして例外とし、二重を優性(一重を劣性)にしている。「二重は優性、一重は劣性」の初出はたぶんこの論文。

一卵性双生児でも二重と一重に分かれる例があり、遺伝だけでなく環境や成長の度合いも影響しているため「表現の不規則」はあるのだが、上で見たように遺伝子解析からは優性/劣性の形質とはいえない。

連続的な形質

親指が反る/反らないに関しては、そもそもどれだけ反るのかが人によって連続的に変わるので、単一遺伝子で決まるという考え自体が不自然で、多くの遺伝子が関わる量的形質とみなすのが自然。単一遺伝子で決まるという根拠はない。

耳たぶ形状(福耳/平耳)に関しても同様に耳たぶの大きさが福耳から平耳まで連続的に変わるので、遺伝が影響するにしても多因子遺伝と考えるのが自然。

耳たぶ形状 福耳から平耳
(写真はマクドナルド教授のサイトより)

耳たぶの形は2017年にGWASで調べられていて、49の関連する座位が特定されている*4。そのせいなのか『エッセンシャル・キャンベル生物学』の第6版には耳たぶの形が優性/劣性の例として出てきたが、第7版(2019年)では削除されている*5

『エッセンシャル・キャンベル生物学』の第6版
キャンベル「エッセンシャル生物学」
(第7版より翻訳 )
いくつかの形質は単一遺伝子によって支配されていると長い間考えられていた。例えば福耳と平耳舌を巻く能力であるが、今ではそれらはより複雑な遺伝形質と考えられている。しかしメンデルの法則は、そばかす富士額のような単一遺伝子によって決定されると一般的に同意されているヒトの遺伝に適用できる。
耳たぶが削除されたのはいいのだが、キャンベル生物学が富士額を単一遺伝子形質と断言し続けている理由は不明である。マクドナルド教授は富士額の遺伝についての論文自体を発見できなかったそうだが…。額と髪の生え際の形は連続的に分布しており、そのうえ年齢とともに変わる難点がある。まあ耳たぶについても元々大した根拠がなかったので、次の版で富士額も削除されるかもしれない…。

その他の形質

下の表は『視覚でとらえるフォトサイエンス生物図録 三訂版』(2017年)より(高校資料集みたいな位置づけの本)
視覚でとらえるフォトサイエンス生物図録 三訂版

PTCの苦味を感じる/感じない→これは主に1つの遺伝子で決まるといっていい。

えくぼの有無について、マクドナルド教授は根拠となる論文を見つけられなかったとしている。ユタ大学のサイトでは、おそらく1つの遺伝子によって主に制御されているが、いくらか他の遺伝子の影響もあるとしている(根拠は不明)。

利き手。これは遺伝の影響は25%程度と低いことが分かっており、優性とは関係ない。残り75%は環境の影響。25%の遺伝に関しても、効果の小さい多数の遺伝子で決まると分かっている。

瞳の色、髪の色、巻き毛/直毛
少数の遺伝子によって決まるので、条件を統制すれば優性/劣性と言えなくもない。例えば、東洋の黒い瞳の集団に、青い瞳の遺伝子が入ってくるような状況。ただ青い目は複数の遺伝子で生じるので、1つの遺伝子のみだと少し青っぽくなる程度かもしれない。

※この記事で扱ったような優性/劣性の不正確な記述は、参考書や資料集にはあっても、検定教科書にはないと思われる。細かくチェックされるので。厳密に削っていくとヒトの例がほとんどなくなるので、不正確でもあった方が面白いと言えばそうなのかもしれない。マクドナルド氏はヒトのかわりに猫の毛色の例を使うことを勧めている。

参考サイト

高校の遺伝教育にみられる奇妙な伝説 - 1999年頃に書かれた記事(都立大の布山喜章氏) 。


*1:『正常多様性形質の分子遺伝学的研究』 科学研究費助成事業 研究成果報告書 平成25年6月19日

*2:Endo, Chihiro, et al. "Genome-wide association study in Japanese females identifies fifteen novel skin-related trait associations." Scientific reports 8.1 (2018): 1-22.  サイトの下の方で本文に書いていない細かいデータ表をダウンロードできる(Electronic supplementary materialの節)。

*3:中村誠喜. "人間の眼瞼に於ける襞の遺傳研究." 遺伝学雑誌 12.2 (1936): 93-96.

*4:Shaffer, John R., et al. "Multiethnic GWAS reveals polygenic architecture of earlobe attachment." The American Journal of Human Genetics 101.6 (2017): 913-924.

*5:7版はアメリカで2018年に出版されているが、確認したのは7版のGlobal Edition(2019年)