ゲノム編集技術の開発により、知能を向上させたデザイナーベビーが現実味を帯びてきたが、倫理的な問題を差し置いたとしても、現状では知能に関連する遺伝子は一部しか特定されておらず、ゲノム編集技術も未熟なので、実行できる段階にはない。

しかし遺伝子工学を用いなくとも人類の知能を大幅に向上させる方法は存在する。それは頭のいい人を選抜して子供を作らせ、さらにその子供の中から頭のいい人を選抜して子供を作らせ…ということを繰り返せばいい*1。要するに家畜や植物の育種と同じようなやり方をすれば、間違いなく知能は向上する。

もちろんこんなことは倫理的に許されないのだが、実際にやってみたらどうなるのかは、遺伝学や育種学の知見から計算することができる。

仮に独裁者が誕生して、以下の政策が実行されたらどうなるのかを考えてみる。
  1. カップルに4人の子供を作ることを義務付ける。
  2. 子供が成人した段階で知能テストを行い、上位50%を選別する。
  3. 下位50%には子供を作ることを禁じ、上位50%に入った人同士で結婚して子供を4人育てることを義務づける。
  4. 2と3を繰り返す
こうすると平均して4人のうち2人が親となるので、人口は変わらないまま頭のいい人が選別されていく。

知能に関してはどれだけ遺伝するのか懐疑的な人もいるので、身長についてまず考えてみる。身長は、遺伝の影響についてほぼ異論が出ることがない。

身長

上と同じように成人時に身長が上位50%の人を選抜して、その中からカップルを作り、4人の子供を作らせて半数を選抜し…を繰り返すとする。日本でこれが行われたとすると、標準的な量的遺伝学の理論を用いると*2、平均身長はこのように変化する。

世代ごとの平均身長の変化

1世代ごとに男は3.4cmずつ、女は3.1cmずつ身長が伸びる結果となる(第0→第1世代はこれより伸びが若干大きい)。4世代後には、身長が世界一高いオランダにほぼ並ぶ(オランダの平均身長 男184cm、女171cm)。1世代を平均25年とすると4世代で100年かかる。6世代後には男の平均身長が190cmを超える。

基準となる第0世代には現在の日本人のデータを用い(平均身長が男171cm、女159cm、標準偏差が男5.8cm、女5.3cm)、また身長の遺伝率を80%として計算した。

この理論の前提として、各遺伝子の効果には相加性があるとしている。例えば、身長が1cm高くなる遺伝子と、0.5cm高くなる遺伝子があった場合、2つの遺伝子をどちらも保有していると身長は1.5cm高くなる。この前提は身長や知能ではおおむね成り立っていると考えられている。

また環境変動によって世代ごとの平均身長が変わることはないとしている。20世紀に平均身長が伸びたのは主に栄養状態が改善されたせいだが、そういった環境の変化は起きないとしている。仮に平均身長が変わる環境変動が起きたとしても、日本とオランダでその効果が同程度ならば、4世代でオランダに並ぶという結果は変わらない。

選抜を止めると、平均身長はそこで固定される。4世代で止めればその後の世代でもオランダ人と同程度のまま変化しなくなる。元の日本人の身長に戻っていったりはしない。
(例えばチワワがチワワ同士で交配している限り、元のオオカミのサイズに戻っていったりしないことを考えれば理解しやすいかもしれない)

もちろん身長が低い人の方がモテる、といった自然淘汰が起きれば平均身長が縮むこともありうる。

平均回帰が起きるんじゃないかと思うかもしれないが、平均回帰は各世代の親子の間で起きる。(各世代で平均回帰のため、選抜された親の平均身長よりも子の平均身長の方が低くなる。例えば選抜された第0世代の男の平均身長は全体平均より4.8cm高い175.6cmだが、その息子(第1世代)の平均身長は174.7cm)。選抜を止めれば平均は変化しなくなくなる。

知能

もとの知能の話に戻る。成人時にIQが上位50%の人を選抜して、その中からカップルを作り、4人の子供を作らせて半数を選抜し…を繰り返すとどうなるか。身長と同じように計算するとこうなる。

世代ごとの平均IQの変化

IQは平均値が100になるように定義されるが、ここでは最初の世代のIQを基準にして、世代ごとの変化を見ている。IQの遺伝率は成人では80%近くなるが、これよりも低い推定もあるので、遺伝率が60%と30%の場合も記載した。

結果は身長よりも劇的に見えるのではないだろうか。身長はそもそも地域ごとの違いが大きいので、変化しても驚きは少ないが、IQは少なくとも先進国では違いが小さいとされているのに*3、10や20程度は簡単に動いている。

1世代ごとのIQの伸びは、遺伝率80%だと8.8、遺伝率60%だと6.3、遺伝率30%だと3.2ほどになる(第0→第1世代のIQの伸びはこれより若干大きい)。平均IQが120になるには遺伝率80%だと2世代、遺伝率60%だと3世代、遺伝率30%だと7世代かかる。選抜を6世代続ければ遺伝率80%なら平均IQが150を超え、遺伝率60%なら140ほどになる。

参考に平均IQ100と平均IQ140のときのIQの分布を載せる。
IQの分布

ちなみに現行の標準的なIQテスト(ウェクスラー成人知能検査)では最大160までしか測定できない。

IQと身長の上限

ところでこの選抜を続けていったときにIQと身長をどこまで伸ばせるかというと、単純計算ではIQ1000超、身長7メートル程度が上限になる。


(タイトルはデザイナーベビーだが、今回考えたように個体数が非常に多い条件で選抜交配を続けた場合も同じ結果になる。)

もちろんそういう極端な場合にまで理論が適用できる保証はないし、身長を伸ばしすぎるのは明らかに健康に悪いので自然淘汰によって上限がもっと制限されるかもしない。


*1:ナチスがレーベンスボルン計画でやっていたが、人口のごく一部なので大勢に影響はない。それに選抜にあぶれた人の生殖を制限しないと効果がない(ユダヤ人の追放という形でやっているつもりだったのだろうが、実際にはアシュケナージ系ユダヤ人のIQは高い。知的障害者の断種などもやっていたが、人口に対する割合が低いので効果は小さい。)

*2:例えばファルコナー「量的遺伝学入門」1993年、11章や
 Evolution and Selection of Quantitative Traits (draft版) の III 6.Short-term Changes in the Variance "Directional Truncation Selection"

*3国別平均IQの表より。どうやって標準化しているのか知らないが、国別の平均IQデータがある。