河野啓『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(集英社、2020/11/26発売)を読んだ。あまり知られていない、栗城がテレビに登場し始める初期の頃に取材していたテレビディレクターが書いた本である。著者は2009年の最初のエベレストの後に一旦取材を止め、死後に取材を再開する。私は2010年の2度目のエベレストのときに栗城を知り、それから栗城ウォッチを始めたので、著者とは見ていた期間がずれる。この記事は本の感想ではなく、この機会にこれまでの観察をまとめたもの。あれこれ書いていたらずいぶん長くなってしまったので目次をつけておく。

2010年のエベレスト

この2010年の2回目のエベレストは酷かった。単独で挑んでいると大きく宣伝していたが、自分は動かずにシェルパにルート工作をやらせており、そのことをブログや動画にも書いていた。正確にいうと栗城が無線で話した内容をスタッフが動画やブログにアップしており、もしかしたら栗城自身はそこまで公開しているという意識がなかったのかもしれない。ルート工作のシェルパの予定が動画にチラッと映ったりもした。そしてノーマルルートで通常最終キャンプとするサウスコルにも届かずに敗退、下山中に7000mのC3で生中継をしたが、テントの中の酸素ボンベがチラッと映り、開き直ったのかシェルパと一緒に登場し、「手が凍傷になっちゃう」と言いながら酸素ボンベを吸った。当然、単独でも無酸素でもないと批判が起きた。それに対して栗城が何をやったかというと、過去の動画の削除と、シェルパの働きを過少申告する矛盾した言い訳だった(後にブログも削除した。生中継の動画だけは他社が絡んだせいか残っている)。

酸素ボンベ
動画にチラッと映った酸素ボンベ(手前の薄い赤色の物体)

酸素マスク
酸素ボンベ(酸素マスク)使用シーン

栗城が撤退してから2週間後の10月15日にアメリカのエリック・ラーセンが登頂したが、栗城は「アメリカ隊が本当は登頂していない」とツイッターで発言。「ネパール観光省がアメリカ隊の登頂を認めておらず、証明書を出していない。そして、担当のサーダーが音信不通」「伝言ではないです。エージェントが観光省とエリザベスホーリーに確認して僕に連絡が来ました」とアメリカ隊を非難した。しかしこれは事実ではなく、観光省もエリザベス・ホーリーもエリック・ラーセンの登頂を認めていた。
栗城はこの年の秋のエベレストでの最高地点まで達したというストーリーを描いていたが、アメリカ隊が登頂したことでそれが崩れ、アメリカ隊の存在が邪魔になったため虚言を吐いたのだろう。栗城は公には訂正も謝罪もしなかった。(ただし事が大事になってマズいと思ったのかツイートを削除し、裏でラーセンに謝罪していた)

(ちなみに栗城は翌年、アルパイン・ソロで難ルートを登ったとエリザベス・ホーリーに褒められたと発言したが、これも虚言と判明している)

この2010年の顛末を見て、あまりの酷さに憤りを感じたが、こんなサウスコルにも登れない実力で、嘘ばかりつく人間はすぐに消えるだろうと思っていた。しかし栗城は凍傷になる2012年までずっとメディアに露出し続け、その後も2018年までエベレストに通い続けることになる。

詐欺師への道

2010年のエベレストで批判された時点では、まだまともな選択肢があった。
まず自分の単独が登山界で認められる単独ではないとはっきり説明し、そのうえで
(1) これまでと同じスタイルの登山を続ける道
(2) 登山界で認められる単独に転向する道
(3) 単独を止めて中継やエンタメに徹する道

(1)は単独という言葉を使い続けるならば批判はされるだろうが、きっちりと自分の立場を説明するならば、それは一つのあり方ではある。

2010年までは、シェルパの存在をある程度公にしていたこともあり、「単独という言葉の意味をあまり考えていなかった」と弁明すれば、まだいろんな選択肢を取りえた。

しかし栗城が選んだのは、都合の悪い動画やブログを消し、シェルパの存在を隠し、自分の単独が登山界でも認められていると誤認するように仕向けることだった。いわば佐村河内と同じような詐欺師の道ともいえる。

単独無酸素の問題点

栗城の登山の酷さはやはり「単独無酸素」、とくに「単独」にある。この嘘さえなければここまで敵を作ることはなかったし、私もここまで憤りを感じることはなかった。

これまでの登山の歴史から産み出された単独と無酸素の概念を無視しながら、あたかも自分が登山界で認められる単独無酸素の実践者であるかのように、メディアを通じて宣伝する。これまでの先駆者は単独や無酸素という困難なスタイルのために命がけでやってきて、実際に命を落とした者も多い。栗城はその上澄みだけを自分の都合のいいように利用し、先人へのリスペクトが全く見られなかった。

そして自分以外の人間に危険なことをやらせて、その成果を隠蔽して自身が「単独」でやったと宣伝する倫理観のなさ。栗城も2度目のエベレストまではシェルパの存在をある程度公開していた。1回目のエベレストでは自身が登る前に「シェルパが偵察に上がりましたが、6800mで雪崩れに合い、1名負傷」とブログに書いている。シェルパがルート工作することも書いている。ルート工作に関しては副隊長の森下氏が書いたものだが、栗城はこの時点ではそれを消すような指示はしていない。そしてシェルパに救助されて酸素ボンベに手を出したことも書いている。
2回目のエベレストでは「ルート工作のシェルパが雪崩に巻き込まれました。全員無事でしたが、本当に危険だと思います」とブログに書いている(栗城の無線通信をスタッフが書いたもの)。

しかし単独に関する批判が大きくなったせいか、2010年に動画を削除したあと、2011年の登山からはシェルパを隠蔽するようになった。

実際のところ、本当に栗城1人ならエベレストではC1に登ることすらできない。ネパール側でもチベット側でもベースキャンプ(BC)のすぐ上に難所があるので、栗城の実力ではBCから少し登ったら行き詰ってしまう(正確にはチベット側ではBCではなくABC(前進ベースキャンプ) )。
例外的に、2016年の6回目のエベレストではもしかしたらシェルパがあまり関与していない可能性がある(このときのルートは雪崩の危険があるので、かなり金を積まないとシェルパが動かない恐れがある)が、6回目だけ関わっていないのは不自然なので、おそらくこのときもシェルパのお世話になっていたのだろう。

ルート工作は危険で難しい行為であり、それを他人にやってもらったら登山界で単独とは評価されない。
しかし登山のルール以前に、普通の感覚ならシェルパに命懸けのルート工作をさせておいて単独と言い張ることはできない。まっとうな人の倫理観があれば…。
挙句に自分自身では登らず、替え玉としてシェルパにGPSを持たせて登らせるなんてこともやるようになる。

無酸素については、栗城は下山開始する前から酸素ボンベを使っていたと、河野氏の本で栗城隊シェルパが証言している。

山仲間が一人もいない

本人は単独無酸素についての嘘がそんなにと大事だとは思っていなかったかもしれないが、登山においてこれを偽る、あるいは大げさに語ることは、経歴詐称ともいえる事項である。

普通なら周囲が諫めるところだが、栗城には実際のところ登山の仲間と呼べる人が一人もおらず、誰も止める人がいなかった。ソロクライマーと呼ばれる人でもソロだけで活動することはなく、複数人でも登ることはよくあるが、栗城は生涯パートナーがいなかった。

日本の山の経験は、中山峠から銭函までの縦走や、羊蹄山などわずかなものである。友人と登っていたのはせいぜい学生の頃か、卒業直後くらいまでで、その後は誰かと登ることがほとんどなくなった。
凍傷になったあとは日本でも多少登山するようになったが、他人と登山をするときは必ず金が絡んでいた。ガイドを雇って登るか、ファンクラブ会員やスポンサーと一緒にハイキングをするか。もちろんガイドを雇っているとは公言しておらず、「山の先輩」とのトレーニングという表現で胡麻化していた。金で雇った「山の先輩」はそこそこいるが「山の友達」や「山の後輩」は一人もいないなかった。

山仲間がいないので、当然登山技術を高めることはできず、普通のスポーツなら挑戦すら無理だったろうが、金さえ集めれば挑めてしまう登山の特性のため、素人に対してはそれなりの登山家を演出することができた。

「仲間」と呼んでいたスタッフもそうで、栗城が金を出して雇っていた。だから強く苦言を呈する人は栗城の近くにいなかったし、いても排除された。

パートナーでなくとも登山関係での付き合いがほとんど無かった。批判されるのが分かっていたからだろう。登山雑誌からの取材は受け付けていなかった。全て取材拒否*1

登山界で栗城と関係があった人は栗城から金を受け取っていた(例えば花谷泰広、佐々木大輔、江本悠滋はガイドとして)、野口健は対談やテレビ露出の機会を得ていた。大蔵喜福はわざとらしい栗城ヨイショ動画に出たりヨイショコメントをしていたが、当然タダではないだろう。またそれでAbemaの仕事を得ていた*2

続き・参考サイト

登山家としての問題は以上となる。それ以外のことについては別の記事に分割する。
 → 「プロ下山家」と呼ばれた男 栗城史多は何をやりたかったのか

・参考サイト
栗城史多まとめ @ ウィキ - 登山についてはこのサイトにまとまっている


*1:登山ライターの森山憲一は「PEAKS編集部時代の元上司が、私が退職後に栗城さんに取材を申し込んでいたことを今回初めて知りました。登山雑誌は取材NGということで断られたそうです」と書いている。実際に栗城のコメントやインタビュー等が登山誌に掲載されたことはない(ブログや公式発表を引用されたことはある)。https://www.moriyamakenichi.com/2017/06/blog-post_9.html

*2:登山関係者では大蔵が一番謎で、金のためとか自分の露出や知名度獲得のためというよりも栗城が若い人に騒がれてるから迎合しとけ的な風見鶏的、ミーハーさが私には感じられる。